Asile.1  言の葉の山           
                  

               

    ここは、以前は日記のページだったのですが、この4枚目からは
テーマフリーの雑記帳としました。言葉の山をつくることができるかな?(笑)
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「 WE WILL ROCK YOU 」に揺さぶられて

 

 

 
ちょっくらネットを弁護したい




  
 
 
ちょっくらネットを弁護したい  

( *「アジールの舞台裏」からこちらに移動したものです。)

先日、仲間内でしゃべっていた時に、ある人がこう言いました。
「インターネットとかHPなんて、ただ文章書いたりするだけで空しいじゃないですか。そう思いませんか?」
こういった言葉を耳にすることはしばしばあるのだけれど、私にとっては、簡単に一言ではリアクションしがたい質問です。
というのは、この質問というか意見は、余りにも漠然としていてとりとめがないというか・・、そもそも、インターネットとはあくまでもツールとしての通信システムであることをどこか誤解しているようなところが感じられる・・。
言ってみれば、「電話なんて空しくないですか?」と問われたような質問だったからです。

自分の家に初めて電話がついたのは、小学校2年生の時でした。生まれた時から電話があって当たり前、いや、すでに一人に一台の携帯があって当たり前になっている今の時代の若い人たちにとっては、”小学校2年生まで家に電話がなかった。”というのは、大昔の話みたいに聞こえるかもしれませんね。(笑)
うちは電話を取り付けるのが早い方ではなかったけれど、世の中ではそれからもしばらく「電話の功罪」についての議論がされていた記憶があります。電話が普及することのデメリットとして挙げられていたのは、わざわざ足を運んで人に会いにいかなくなってしまったり、相手の顔も見えぬまま話を交わす電話を使うことによって、人間同士のコミュニケーションが希薄になったとか、手もとに想い出として形が残る手紙のやりとりが減ってしまって空しい、侘びしい、などといったこと。
もちろん、それはそれで一理あります。しかし、電話があるということがすでにこれだけ当たり前となった今となっては、人とのふれあいを拒絶して暮らすハイジと出会う前の”おんじ”のような人とか、締切り日なのにHPの更新してて仕事が全然終わっておらず催促の電話におびえてたりする人でない限り(笑)、とりたてて「電話なんて空しいものだ!」と思っている人は少ないでしょう。
そして、たとえば恋人同士の場合でも、実際に会って話してベッドも共にしたけれど(きゃ〜♪・・爆)、結局おざなりのことしか語りあえなくて空しかった。でも、そのあとにかかってきた1本の電話でやっと素直な気持ちを伝えあえて、とても幸せだった、なんてことはいくらでもありますよね。

そういえばつい最近、チャットで知り合った男女の殺人事件なんていうのも起こりましたが、これも殺人という忌わしい出来事が起きた原因を、チャットというシステムのせいだけにしてしまってはいけないのは、言うまでもありません。
確かにネット上のつながりは、相手の顔も声もわからず文章だけでお互いに気軽に出会い会話し、実際のかかわりあいが無い分、安易に優しいことばかりを言い合うことも可能。急速に親しくなりがら相手の人間像をかなり誤解して捉え幻想を抱くことも多い。そして同時に、実際に会った途端にそれが打ち砕かれてしまったというような人と人との出会い方のシチュエーションを増大させました。
また、インターネットをしているということで広く世の中と通じているような安心感を得てしまい、実際には閉ざされた一人の世界に閉じこもってしまう人もいます。この傾向には、ネットにハマった人はすべからく気をつけなきゃいけませんね〜、私自身も。(笑)
しかし一方では、難病で手も足も動かず語ることも叶わないのだが、かろうじてそこだけ動く目をつかって文字を追い、パソコン上で言葉にし、ほとんど一歩も出られない自分の部屋のパソコンという小さな窓から人の胸を打つメッセージを発信し、多くの人々と心通わせている人もいます。
パソコンを通してのその人と他者とのかかわり方は、数年前には考えられなかったものだからと言って、それは決して電脳世界の幻ではありません。どういう形でコミュニケーションするにしろ、人と人とが本当に真摯に向き合おうとすれば、そこには本物の交流が生まれるでしょうし、いかに実際に肌ふれあい目を見つめながら語りあっても、心から発露した素直な感情を表現できなければ、互いの魂が響きあうことはないでしょう。

つまり、インターネット、あるいはパソコンでもいいけれど、利用することがいいか悪いか、所詮空しいものであるのかどうかを議論するのは、少し論点がずれている。議論すべきなのは、それを”いかに利用するか”ということだと思います。
空しいと感じるその根源は、電話やパソコン、インターネットなど、道具やシステムそのものにあるのではなく、それを利用する人の使い方や状況にある。電話もインターネットも、使い方や状況によって空しく感じることもあれば、心を豊かに満たしてくれることもあります。
HPにしてもそうです。
目的や意味を見失ってやる気をなくしてしまえば、HPを開設していることは空しい。でも、何か表現したいものや、伝えたいことがあって、それをビジュアルや文章という形にし、見てくれた人から何がしかの手応えがかえってきたり、人の輪が広がっていったりすると、それは管理人名利につきる喜びであるし、生きている世界を大きく広げてくれたりもします。

また、世の中には色んな人の、色んな充実感があります。
ボランティアで人に喜ばれたことで大きな幸福感に満たされる人もいれば、仕事がうまくいくことが何よりウレシイ人もいる。大して参加者のいない小さなバドミントン大会で優勝できたことで、オリンピックで金メダル取った人にも負けないくらいの達成感を感じられる人なんてのもいます。<はい、私のことでございます。(笑)
また、日がな一日ろくろを回して、売れるわけではなくても納得のいく陶器ができればしみじみと満足できる人もいるでしょうし、家族が今日もみんな元気で帰ってきて、素敵な味に仕上がった夕飯のビーフシチューを一緒に食べられることに心からの幸せをかみしめる人もいます。
私個人のこのHPに関して言えば、表現したいことをそこそこわかってもらえそうな文章にできて、誰かが読んでくれるかもしれないというだけでウレシイという、ささやかな充実感があるので、「HPなんて空しい。」と思ったことは一度もありません、今のところ。(笑)
それらはそれぞれ、他の誰かから見れば「そんなことで喜んでいるなんて、なんとちっぽけで空しいんだろう。」と思われてしまうようなことかもしれません。でも、当人がそのことによって喜びを感じるのは何か誤解しているわけでも間違っているわけでもなく、事実であり現状なのです。その喜びを否定することは、誰にもできないわけです。

ともかく、一番単純な結論としては、どんな物事であってもそれをどう活かせるか、喜びを見い出すか否かはその人次第であり、人それぞれ。そこに喜びを見つけた人はそれを楽しめるし、でなければ楽しくも何ともないから空しい。ただそういうことだと思います。

- 「言の葉の山」3枚目・2000.1.19 の日記より -

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次から次へと簡単に生まれては簡単に消えていくHPの数々。無責任に希薄に、お手軽に出会っては優しい言葉だけをお手軽に交換しあい、日常的な煩わしさが混入してくればお手軽に消すこともできるネット上のコミュニケーション。ウェブの世界にはそういう幻のような一面が確かにあります。
でも、病気を発症した時、何がなんだかわからない真っ暗闇の中で戸惑っていた私を、初めて明るく照らしてくれたのはインターネットでした。ウェブからの情報や、そこで出会えた仲間たちがいなかったら、私は暗い闘病の道のりで辛く迷い続けていたことと思います。
使いようによってはどちらにも転ぶ危うさを含んだウェブの世界。それでも私はネットに大いに救われた者として、このインターネットというツールをとても大切に思っています。






  
 
 
「 WE WILL ROCK YOU 」に揺さぶられて


地の底から響きあがってくる”WE WILL ROCK YOU ”のリズムが止まらない。
あのステージの熱さに体中の血が沸騰し、魂に火がついたような興奮が続いている。
こんなセリフの文章表現は、若い時分なら「青い」と言われそうだし、今の私なら「年甲斐も無い」と言われそうだが、人からクサイと言われようが単純だと思われようが構わない。生きてる以上、熱い魂をもってる方が勝ちだ!
全英で300万人以上を動員したというロックミュージカル”WE WILL ROCK YOU ”は、そんな気持ちを沸き上がらせてくれた最高に楽しく熱いステージだった。

ストーリーは非常にわかりやすい。
物語りの舞台は近未来の地球・「ガ・ガ・ワールド」。そこでは独裁者「キラー・クイーン」が、コンピュータ管理によって音楽もファッションも画一化。全ての楽器ははるか昔に排除され、作曲することなどは全面禁止。若者達が自分なりの感性や思想を持たず”みんなと同じであること”に満足し、知らず知らずのうちに従順となるよう洗脳することで世界を一手に掌握しつつあった。
そんな世の中に染まることなく、心の奥から自然と湧きあがってくる音楽と言葉の意味を知ろうとするため異端者となった青年「ガリレオ」がこの物語りの主人公。
ガリレオは伝説の楽器を探し求めながら、仲間のボヘミアン達と共にこの世界に真の自由を取り戻すために闘い始める。人の魂に熱さを呼び戻せる音楽・ROCKだけを武器として・・。

この内容に、私はふと最近まとめ読みした浦沢直樹の漫画「20世紀少年」を思い出した。漫画チックなストーリーと言ってよいかもしれない。ただ、ここで言う漫画チックという言葉は、比較的誰にでも馴染みやすい面白さがあるという意味であり、軽んじている訳ではない。伝えたい何かがある限り、伝わりやすさは大事なことだ。
何ごとも多数派に属していなければ安心できない人々が多い人間社会や、世界的なQUEENブームにオーバーラップした脚本は、単純なようでいながら今をよく表しているし、深いメッセージを含んでいる。
現代に生きる私達も、実は「ガ・ガ・ワールド」と紙一重の世界の中で管理され従順に生きている。多くの事柄を無思想、無関心のまま見過ごし、自分なりの感じ方、自分なりの考え、自分なりの言葉を持たずとも、みんなと同じであることにそこそこ満足しながら日々を暮らしていける。壮大な夢を追う者や、勝算の見えない活動を続ける者達の熱さは、愚かなアウトサイダーの妄想としてウザイとかクサイという言葉で十把一からげにうとまれがちだ。

でも、このミュージカルをこんな理屈で語るのは、それこそ不粋かもしれない。ガリレオと共に伝説のROCKへと導かれながら、パワフルなビートとダンスと熱気を思いっきり楽しめればそれで良いのだ。理屈ではなく、ダイレクトに魂に響いてくる熱さを素直に感じさえすれば、メッセージの核心は、頭ではなく心で受け取っているはず。

とにかく、エネルギッシュなことこの上ない役者達の歌とダンスがめっちゃくちゃカッコイイ! リズム感、豊かな声量、衣装を着こなすセクシーなボディ、化粧栄えする顔だち、ダンスのセンス等々。いち日本人として切なさを感じるほどスタイリッシュで質が高い。
人間の肉体はここまで表現力のあるものなのかと感心させられ、人間という生き物を見直したくなるほど、一人ひとりが強いエネルギーを放ち輝いていた。
主人公のガリレオとその恋人のスカラムーシュ役の二人の歌の素晴らしさは言うまでもなく、グレン・クローズ似のキラー・クイーンを演じた女性の歌と風貌も実に魅力的だった。欲を言えば、その一番の手下役が、悪役ながら愛嬌もあるそのキャラクターをもっと色濃いものとして演出されていたら、より魅力ある役になっていたのではとも思ったが・・。

ちなみに、このミュージカルのために改装されたという広い新宿コマ劇場で、私が座った席は前から5列目。向かって左のアンプにごく近い場所。「役者の表情がよくみえた方が面白いよ」のお勧めに従い座った席だったが、映画館などでアンプの近くに座ってしまうと大きな音にいたたまれなくなることもある私は、正直言うと少々ビビっていた。しかし、始まってしまうとそんな心配は無用だった。
教えていただいたとおり役者の細かな表情まで良く見えるのも良かったし、素晴らしい声と歌唱力で聞かせてくれるQUEENの名曲の数々は、地響きを伴う大音量がむしろ快感で、たまらなくエキサイティング!
「ボヘミアン・ラプソディ」、「伝説のチャンピオン」、「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」等々、QUEENの名曲をたっぷりと聞かせてくれる終盤になると、ミュージカルというよりロック・コンサート。舞台の左右に控える生バンドの演奏も最高の賞賛を贈りたいカッコよさだった。
最初から最後までQUEENの曲と歌詞が網羅されているので、QUEENファンならもちろん感激の連続だが、とりたててQUEENファンという訳ではない人であっても魅了されずにはいられないと思う。QUEENがこの世に送りだした音楽は、どこまでも不思議な魅力とパワーを秘めている。
音楽が持つ底力と、ROCKがROCKである意味を、体の随まで叩き込まれた気がする。

「ミュージカルはどうも気恥ずかしくてニガテだ」という人はよくいるし、そう思われても仕方ないミュージカルというのも確かにある。また、コアなQUEENファンの中には「ミュージカル化されたQueenなんて・・」と違和感をいなめない人もいるだろう。しかし、そういう方々にも一見の価値は必ずある!と言いたい。
ミュージカルというジャンル名が付こうが付くまいが、ROCKがROCKである限り、それは限りなく自由だ。

ROCK'N'ROLLの”ROCK ”とは「揺さぶる」という意味なのだそうだが、時に、時代そのものまで揺さぶるほどの力を持つ。その激しさで人の心に巣食った無力感や既成概念を打ち破り、ぬるい空気にシケった情熱を再燃させ、今の時代に決定的に足りない熱さを蘇らせる。
「あなた達が戻ってきたのは、このためだったのね」
帰りぎわ、新宿コマ外壁の高い位置に飾られたフレディ・マーキュリー像を見上げ、思わずニンマリ笑った。

- 2005.5.28 記 -


「 WE WILL ROCK YOU 」
Queenの楽曲を題材とする、全英で300万人を動員したロックミュージカル。
2005.5.27〜2005.8.24、新宿コマ劇場で公演。 ★舞台左右に電光掲示の字幕あり
http://www.wwry.jp/
http://queenonline.com/wewillrockyou/