Asile.3  本の森     


                                                          
                                              
    
                               
             ここは、様々に心を潤してくれたり、強く影響を受けたりした大切な本や作家について 綴っている   
              ページです。一応、版元も記してしておきますが、絶版になっちゃってるのがあったらスンマセンッ!   


                

             
             
                           

      

          「 生きるかなしみ 」   山田 太一 編(筑摩書房) 
  
                    そして、大好きな書き手・山田太一さんについて(1)
  
                               

本の森の第2回目は、パツと明るい本を取り上げる予定だったのに、結局は表題からして明るいムードとはほど遠いものを選んでしまいました。(笑)
「生きるかなしみ」、どうしてこの本を紹介したいのかを感じていただけるかもしれないので、少し長くなりますが、いたく共感したこの本の巻頭の山田太一さんのエッセイ「断念するということ」の一部抜粋から始めましょう。

「 「生きる悲しみ」とは特別のことをいうのではない。人が生きていること、それだけでどんな生にもかなしみがつきまとう。「悲しみ」「哀しみ」時によって色合いの差はあるけれど、生きているということは、かなしい。いじらしく哀しい時もいたましく哀しい時も、主張低音は「無力」である。ほんとうに人間に出来ることなどたかが知れている。偶然ひとつで何事もなかったり、不幸のどん底に落ちたりしてしまう。一寸先は闇である。
 ところがいま「生きるかなしみ」というこの本のタイトルを見て、時代錯誤の匂いを感じた人が少なくないのではあるまいか? 多少は言葉の用法の古さもあるかもしれない。欧米語に置きかえれば抵抗のない人もいるかもしれないが、時代の気分はおおむね「生きるかなしみ」に背を向けている。そのような言葉は見たくもない。気の滅入るようなことを、わざわざ本を買って確認する人間がどこにいるだろう?
生きるかなしさぐらい承知しているが、暗いことにはなるべく目を向けたくない。 (中略) 要するに暗い話には取り柄がない。
 多少強引に要約した嫌いはあるけれど、このようにして人生の暗部を見まいとする人々も多いのではあるまいか?
 しかしこうした楽天性は一種の神経症というべきで、人間の暗部から逃げ回っているだけのことである。目をそむければ暗いことは消えてなくなるだろうと願っている人を、楽天的とはいえない。(中略)
 そして私は、いま多くの日本人が目を向けるべきは人間の「生きるかなしさ」であると思っている。人間のはかなさ、無力さを知ることだという気がしている。」(本書4P〜6Pより抜粋)

山田太一さんはご存じのとおり、現在も超売れっ子の有名脚本家です。マイナーに片寄りがちな私のページの中では、たいへん貴重な存在ですが(笑)、私にとってこの人は非常に大切な、大好きな書き手です。この人が目をむける人の心のひだとその表現に強く魅かれ、ものの想い方や言葉に、これまで幾度となく心潤してもらってきた私は、「山田太一」の名前が載っている本や雑誌を見つけると、それが小さなインタビュー記事であっても買わずにはいられません。山田太一脚本のテレビドラマも無論大好きですし、脚本そのものも、どれをとってもそれぞれに素晴らしく、この本の森の中でも、ぜひまた紹介したい作品が数多くあります。(次回かも・・?)
しかし実は、今回取り上げた「生きるかなしみ」は、作・山田太一ではなく、山田太一さんが様々な文筆家たちのエッセイを選んで編集なさった、山田太一・編という異色の一冊です。
表題にあるとおり、この中にあるのは、老いることの悲しみや男女の愛の悲しみ、戦争という大状況の中での悲しみなどなど。身近な切なさを綴ったエッセイや詩であったり、かなしさという言葉では追いつけないほどの悲惨を書きとめたものであったり、それぞれに個性ある作者たちによる秀逸な作品集は、文字どおり生きるかなしみにあふれています。
なのに私は、この一冊に心救われるところがあるのです。それは、他人の不幸を見ることで、それに比べて自分はなんと幸福であることかと満足できた、などということではありません。
いわば、自分の中のかなしみを、忌むべきマイナス因子として無理やり排除しようとする悪あがきをやめ、静かに受けとめていようという心境にさせてもらえたからです。

山田太一さんの現実の捉えかた、その語りには、根拠のない希望や甘さは全くありません。楽観を挟まず、あるがままの現実を静かにしっかりとみつめ、切り取って表現しておられます。
たとえば、「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」(新潮文庫)というエッセイ集の中の「人間は汚れを抱えている」の章では、こんなふうに書かれています。

「内面の汚れをないかのごとく思ったりしてはいけないのではないか。子供が汚れを持ったときに、それにとても驚いてしまうとか、厳しく排除してしまうということは、人間を知らない愚かで傲慢な所行だと思います。少し正直に自分を見る目があれば、子供に公明正大、清潔などを求めなくなるのではないでしょうか?
 人間なんてほんとうにどうしようもないものなんだ、という認識が基本になければいけないと思います。もし、汚れたところもなく公明正大、清潔に生きている人がいたとしたら、その人は内面のそうしたものを外に出さずにすむ幸運の世界にいるのだと思う。その人がえらいわけではない。そういってもいいのではないでしょうか?
 もしくは臆病で生命力にも乏しく、清潔にしか生きられない人かもしれません。どっちにしても、自慢するほどのことではありません。」(「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」47Pより抜粋)

また、同書の「子どもの心がわからないこと」の章では、こんなことを言っておられます。

「理解し合うのがよき関係だという思い込みは一種の近代病だと思います。近代主義というのは、とことん語り合えば人間は理解し合える存在だとする生き方です。お互い、つき合えば、語り合えば理解し合えるというふうに思うわけです。ですから、理解し得ないことは努力不足ということになってしまう。
 しかし、人間は結局他者を理解し得ないということにだんだん気がついてきたと思うんですね。
(中略)
 理解し得ないまま、お互いを認めなければ生きていけないのではないか、という思いは、かなりくっきりとしてきたのではないでしょうか?」(「親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと」143P〜144Pより抜粋)

一件、暗く悲観的なものの考え方ともとられてしまいそうなこれらの言葉。でも、この中に、人間の弱さ汚さを直視しながら、そのまま受けとめている山田太一さんの人への優しさを感じるのは私だけではないと思います。
人にも自分にも過剰な期待はしない。けれどそれは絶望して諦めてしまったのではなく、人間という生きものとその心をあるがままに受け止め、その上でいとおしみながら向き合っている。人が、弱く、汚く、かなしい存在であることを安易に単なるマイナス面としてくくってしまわず、そういう中にもいじらしさがあると、山田太一さんは感じておられるのはないでしょうか。
恥ずかしいくらい単純な心のあり様を披露してしまうようですが、私は上に紹介した山田太一さんの文章によって、「そうか、人は誰しもどうしようもないもの。私もみんなも、どうしようもない人間であって当然だったのか。」と自己嫌悪が柔らぐと同時に、多少人に寛容になることができ、また、「そうか、人と人は、わかりあえなくてもそれが当たり前だったのか。わかりあえる人間関係だけが本物ってわけじゃないんだ。」と、人とうまくわかりあえない寂しさやイラだちから、だいぶ解放されたのです。絵に書いた餅のように空虚で無理やりな励ましより、よほど心救われる、”真実”を感じさせてくれる言葉でした。

ヒステリックなほどに暗い話題を忌み、明るいこと、楽しいこと、前向きであることのみを善としている今の風潮に、山田太一さんは決して声高ではなく、しかし心に低く響くトーンで警鐘を鳴らしておられます。それに共鳴し、今回、この本の森では「生きるかなしみ」という一冊を選んでみました。
この中から最後にもう1ケ所、実に山田太一さんらしい視点で語っておられる文章を紹介しておきたいと思います。

「あとひと頑張りすれば収入が倍になると聞いて頑張らない人間はただの怠けものという世界であり、脳死のひとの臓器を移植すれば子供は救かるかもしれないといわれて、そこまでして生かさなくてもいい、静かに死なせてやりたいなどといえば、冷酷な親扱いされかねない世界である。そういう世の中で可能性をとことん追い求めない生き方を手に入れるには「生きるかなしさ」を知る他ないのではないだろうか?(中略)
海外を旅して、たとえばパリでノートルダムもルーヴルも見なかったといえば呆れられ、台北へ行って故宮博物院を訪ねなかったといえばなにをしていたのかと疑われる。一歩足をのばせば行けるものを何故行かなかったのかと、信じられないというような顔をされる。
 では、そんなにノートルダムを愛し、故宮博物院の名品に心を奪われているのかというと別にそれほどのことはなく、衆人の認めるコースをたどる「可能性」を手にしながら、それに背を向ける人間は「「不自然」なのである。東大へ入れる学力を持ちながら、高校で終わりたいなどということも「不自然」である。あと数時間眠らずに頑張ればノルマを達成出来たのに諦めてしまった社員は人間としてもあまり上等ではないと見られてしまう。そういう世界に私たちは生きている。(中略)
 どこかで的をはずしている。結構頑張って生きているのだが、力点がずれている。おだやかな幸福感がない。平安がない。(中略)
 大切なのは可能性に次々と挑戦することではなく、心の持ちようなのではあるまいか? 可能性があってもあるところで断念して心の平安を手にすることなのではないだろうか?
 私たちは少し、この世界にも他人にも自分にも期待しすぎてはいないだろうか?
 本当は人間の出来ることなどたかが知れているのであり、衆知を集めてもたいしたことはなく、ましてや一個人の出来ることなど、なにほどのことがあるだろう。相当のことをなし遂げたつもりでも、そのはかなさに気づくのに、それほどの歳月は要さない。
 そのように人間は、かなしい存在なのであり、せめてそのことを忘れずにいたいと思う。(本書6P〜10Pより抜粋)」

これを読んで、かなり希望がないような印象を受ける方もいらっしゃるかもしれません。
そして私自身は多分、何かを断念することで心の平安を手にする潔さも持てず、生きている限り、常に惑い続けることだろうと思います。
それでもなおこの山田太一さんの言葉に、私はなにか、それまで持てあましていたかなしみの置き場所を見つけられたかのような小さな安らぎを感じました。生きていく上で、解決できないかなしみはあって当然なのだ。それをそのまま胸に抱き、衆人が良しとする可能性のコースではなく自分の心の進みたい方向を、惑いながらゆっくりたどっていこうと、ふっと肩の力が抜けるような気持ちになれたのです。
私のつたない紹介文だけでなく、実際に山田太一さんの本を読んでいただければ、同じように共鳴してくださる方も多いと思うのですが・・・。



  ー  おわり ー

          

      


 

          「 無縁・公界・楽  日本中世の自由と平和  
                               
網野喜彦(平凡社選書) 
  
 

この表題は、「むえん、くがい、らく」と読みます。
のっけからこういう本を載せると、「かたそぉ〜!」とすぐウィンドウを閉じられちゃいそうだから(笑)ちょっと迷ったんですけど、うぃんままのアジールの”アジール”という言葉やその概念と出会ったのは、この本を通してなので、敢えて強行しトップバッターにもってきました。
とはいえ、表題がかもし出している雰囲気どおり、少し難しい(私には)ところもある本なので、この本に書かれた世界のオモシロサと奥深さをうまく伝えられるかどうかは自信ナシ!<秘技、開き直りの術!(爆)

息子と二人で、めずらしく電車で出かけたある日のこと。駅の片隅で出会ったホームレスのおじさんを、息子が複雑な表情でチラチラ見つめていたもので、少し考えて、こんなふうに話してみました。
「ああやって家も仕事も持たずに暮らしてる人達のことを普通は”ホームレス”って言うんだけど、あのおじさんたちは、”無縁の人”なんだよ。無縁の人っていうのは、自分の家族や友達に連絡も取らずにすっかり離れて暮らし、この社会とも縁を切っちゃった無縁の世界で生きてる人のこと。縁を切っているから社会からは守ってもらえないし、それどころか、白い目で見られたり食べるものに困ったり、無縁でいると辛いことや寂しいことがたくさんあるけど、でもそのかわりに、お母さん達には絶対持てないような『自由』を持っているんだよ。」
「無縁」という言葉を、「無縁の人」としてこんなふうに使ったのは私の勝手なアレンジですが、この本の内容からそんなに外れてはいないと思っています。でもここで語られているのは日本中世に存在した独特な文化についてなので、これが核心ってわけじゃないんですけどね。
また、ここでいう『自由』とは、最近の歌の中に出てくるような、素晴らしく爽やかで「僕たちの前には無限の可能性が広がってるんだ〜!」ってなイメージの夢のような”自由”とは意味が違います。それについては後で触れますが・・。

「無縁」の世界の講釈は意外にも! たぶん誰でも子供の頃に一度はやったことのある遊び、「エンガチョ!」の話から始まります。(あ、思わず今、ずっこけた人がいますねっ。でも身近な話からの始まりでイイでしょ♪・・笑)
友達みんなと一緒に遊んでる時、何か汚いものに触ってしまい(犬のう○ち、踏んじゃったとか・・)、周り中から「わ〜い、○○ちゃん、エンガチョだ〜! エンガチョ〜!」などとはやしたてられたことって、ありますよね。自分だけが突然”エンガチョ”という汚れた存在になってしまい、その汚れた自分から友達みんながキャーキャー言いながら逃げていくので、結構マジで辛くなることがあり、無邪気とばかりは言ってられない遊びでした。
逃げるみんなを追いかけて誰かにさわれば、自分の”エンガチョ”をその人に移してしまうことができるのですが・・、

「 ところが、この遊びには不思議なおまじないがある。両手の親指と人指し指でくさりの輪をつくり、だれかに「エン きーった」といって、そのくさりを切ってもらうと、もう「エンガチョ」はつかなくなる。みなにそのおまじないをさ れてどうにもならなくなり、全く困り切った記憶も、私には鮮やかにのこっている。
 (中略)
 「ほんとうにエンガチョになった人間は、エンガチョそのものから盛り返していかなければいけなくなるんです」と鶴 見氏はいっている。全くその通りだ、と私も思う。「エンガチョは汚いやつのこと、汚いけれど、その汚さが魔力とな って人を寄せつけないエンガチョを持っている奴のこと。これがエンガチョの定義なんです」とも鶴見氏はいう。
 (中略)
 たしかに、「エンガチョ」の「エン」は、「穢」と考えることができそうであるが、さきの「エンきーった」というま じないの方の「魔力」は「縁切り」のそれと見るべきであり、「エンガチョ」の「エン」も「縁」なのかもしれない。
 (中略)
 そして、「エンガチョ」の遊びは、この「縁切り」の原理のもつ表と裏をよく示しており、人間の心と社会の深奥にふ れる意味をもっているように思われるのである。」(p11〜p14)

このへんですでにもう、面白い説だな〜と、私はこの本に魅かれだしました。一見、周りから忌み嫌われる孤独で弱い存在であるものが、その忌み嫌われている点を逆手にとるようにして、一種独特なパワーを持つ。著者は「エンガチョ」に秘められた、そういう背理みたいなものを探り出しているんです。
この説は、「スイライカンジョー」というもう一つの遊びへと続いていきます。これは戦前の遊びであったようで、さすがに私もその名前には覚えがないんですが、内容はいわゆる陣地遊び。ある程度の人数の子供たちが二手に別れ、双方に陣地を持ち、勢力争いの戦争ごっこみたいなことをやるわけです。ここでポイントとなるのが、勝負の途中で力を失っても、そこに戻ると安全な「陣地」と、その体にさわると戦力を回復できる「大将」の存在です。

「 そこにふれ、またとびこむと、外の勝負、戦闘とは関係なくなり、安全になる場所や人、またそこに手をふれ、足を ふみ入れることによって、戦闘力、活力を回復しうるような空間や人間。それはさきの「エンガチョ」とよく似てお  り、いわばその逆の形、対極に当るものが遊び自体に現れているといってもよい。ここではそれに手をふれたことが、 生命力の源泉になり、「自由と平和」を保証している。
 (中略)
 そして、もしもさきの「エンガチョ」と「縁切り」の原理に関する私の推測が誤っていないならば、これは「縁切り」 そのものの別の側面、もともと「縁」と無関係なもの、「縁」を拒否したものの強さと明るさ、その生命力を示すとも いえるであろう。」(p15〜p16)

”縁を拒否したものの強さと明るさ、その生命力”、この「無縁の原理」を追い求め、著者はこれから、日本中世へと遡っていきます。そう・・、遡るのはこれから・・。ここまではほんのイントロだったりして・・(爆!)<きゃー、このコーナー、すでにこんなに長くなっちゃったーー!!(笑)

「無縁」「公界」「楽」とはどれも、日本中世に存在した、権力からの支配や世俗の慣習から隔絶された特殊な自治区としてこの本の中に登場します。その中で最初に紹介される無縁の領域。それは江戸時代の縁切寺です。

「 江戸時代、女性には離婚権がなかった。(中略)妻が積極的に離婚の決意を貫くための最も有効な手段は、最初にあ げたように、川柳にもよまれた縁切寺への駆込みであった。(中略)離婚をのぞむ女性が、門内に草履でも櫛でも、身 につけたものを投げ入れたとたん、追手はその女性に手をかけることもできなくなるという寺法に支えられた、この縁 切寺こそ、江戸時代の現実社会に生きる、先述した遊技の「陣」そのもの、といってよかろう。」(p19〜p21)

縁切寺に駆込めば、別れたい夫との縁を切ることができ、『自由』になれたわけですが、上でもふれたように、ここでの自由は、無限の可能性を秘めた夢のようなイメージの自由とはかなり違っています。

 「 しかしこの「自由」は、一面ではきわめてきびしい規律によってしばられていたことも見落としてはならない。東 慶寺(縁切寺)は、堅固な内外の囲をめぐらし、もしもそこを逃亡した場合には、「剃髪、裸体」にして追払うという 刑罰をもってむくいられる。(中略)とすれば、これは一種の「牢獄」という見方も成立ちうるであろう。」(p25)

ですがさらに、牢獄そのものも、社会から縁を切られてしまった人々にとっては、逆転し裏返された『自由』の場であったと、著者は語っているんです。へりくつみたいなようですが、これもとても言えてる気がします。
そして著者は、無縁の原理を持っていたのは、縁切寺などの一定の領域だけではないこと、中世に遍歴漂泊していた職人・芸能民・勧進聖などの人間たちも、この無縁の原理を持ち、権力や慣習に阻まれることなく、それぞれの文化を生き生きと生み出していたことを、史実をひもときつつ紹介しています。戦国時代、「公界(くがい)者」、「公界衆」と呼ばれていたという彼等は、主も土地も持たず、世俗の敵味方とも無縁。あくまでも中立だったので、時に平和の使者として働くこともあったそうです。

「 このように「無縁」であるが故に、禅律僧は宮廷や幕府の奥深くに出入りし、政治に口入することができたのである が、それだけではない。十四世紀初頭、論敵から「乞食非人」「道路乞者」「放埒」などの激しい非難を浴びながら、 山伏厳増は東寺執行の地位に度々補任され、(中略)大きな勢力をもつにいたっている。(中略)「乞食非人」をも含 むこうした世界は、次第にその一部は権力の網の目に組織されつつあったとはいえ、全体としては、なお野生にみちた 強力な生命力を、社会のいたるところで発揮し、それを「差別」の中に封じこめようとする動きに、決して圧倒されて はいない。」(p161〜p162)

無縁の領域や、無縁の人々は、歴史の流れとともにその独特な力を失い、「有縁」の世界から差別されるようになっていったとのことですが、そこに至るまでの間には、確かに歴史の中に存在し、弱者でありながら時代を動かしてきた。この本は、そんな無縁の原理の力強さ、たくましさをゾクゾクするほど感じさせてくれました。著者はさらにこう語ります。

「 さきに江戸時代について一言したが、実際、文学、芸能、美術、宗教等々、人の魂をゆるがす文化は、みな、この「無縁」の場に生れ、「無縁」の人々によって担われているといってもよかろう。(中略)原始のかなたから生きつづけてきた「無縁」の原理、その世界の生命力は、まさしく「雑草」のように強靱であり、また「幼な子の魂」の如く、永遠である。「有主」の激しい大波に洗われ、瀕死の状況にたちいったと思われても、それはまた青々とした芽ぶきをみせるのである。」(p263)

差別の歴史の段面に、ロマンティックなものを感じてうっとりしてちゃイケナイ。この本の初版が出版された1978年当時、そんな意味合いの意見があったようですし、確かにうっとりしていて今ある問題を身誤ってしまってはいけないのですが、史実の中にこういう原理が息づいていたということに、私はなんだかとても勇気づけられました。
これが正しくてこれが間違い。これが強くてこれが弱い。これが汚くてこれが綺麗。世の中、そんな単純なものじゃない。複眼でものを見れば、奥深いパラドックスは、色んなところに隠されている。
「無縁、公界、楽 日本中世の自由と平和」は、そんなことまで教えてくれた、とても貴重な一冊です。

そして、最後になりましたが、この本の中で初めて出会った無縁の世界を表すもう一つの言葉、それが、私がこのHPのタイトルに使わせてもらった「アジール」です。<おお! やっとアジールに辿りついた。(笑)
アジールは、ゲルマンの時代以来、西欧の社会に存在した平和領域であり、避難所であり、特殊な自治区であったそうですが、だからと言ってここもやはり、決して夢のような自由が得られる場ではなかったようです。
そうであっても・・、有縁の世界の支配をこばみ、そこに立ち入ることで外界からの様々な束縛から解放され、再生しうる場。そういう言い方が正しいかどうか少し自信がないのですが、私はアジールという言葉に、単なる避難所という消極的な意味より、もっとポジティブで、ふところの深いイメージを持っています。
楽園などでは決してないけれど、心を支配しようとする何かから解放され、自分をしばるこだわりを捨て、再生するための場。そんな性質を、ほぉ〜んのチョットでも含んだ場であったらいいなぁ〜〜と・・・、「うぃんままのアジール」というネーミングには、そんな大それた希望がこめられちゃっているのでございました〜。




  ー  おわり ー

          

      

 

    まだ2作品だけでゴメンナサイ〜。
    
この次は小説か脚本の”ストーリーもの”でいきたいと思います。
     
このコーナーへのご意見&ご感想などを、掲示板にカキコ、もしくはメールをくださると
    大変ウレシイです。よろしくお願い致します〜!

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