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雑感etc.の入り江(こだわりポイント集)  

          

ここでは、私が個人的にこだわった点や大切だと感じたetc.についての意見・感想を
アトランダムに述べさせていただいています。
身体のことなのでなお、人様の害になるような情報を発信してしまうことは避けなければならず
自分なりの努力はしているものの、勉強不足でマヌケな私が思うままに書くことの中には、
不適切だったり、軽率な発言が出てきちゃうかもしれません。。。
そんな時には、ご遠慮なくメールでご指摘&ご指導くださいませ!
また、医療者ではない私の意見は、ご参考までにとどめてくださいネ。
  

 Contents 

スポーツと
 リンパ浮腫

闘病と
 インターネット

病院選びと
 セカンドオピニオン
         
「医師への謝礼」
  「主治医へのお礼」
  に秘められた毒




 
 
 私の愛するスポーツ♪ と 乳がん、
     そしてリンパ浮腫への不安について


私は1999年に乳がんの手術をした数年前から、主婦にあるまじき熱中ぶり(笑)で、バドミントンを続けてきました。
”ママさんバドミントン”な〜んていうと、私自身も、自分がその世界に足を踏み入れるまでは”外でポンポン打ち合うバドミントンに毛がはえた程度だろう”とタカをくくっていましたが、ところがどっこい!! ママさんの世界でも全国大会に出られるような選手は、そこらの一般的な高校生レベルだと鼻息一つでフンッ!と負かせちゃう程強い人が一杯いるんです。そして、それだけハードな練習をこなし、真剣にバドミントンに打ち込んでいらっしゃいます。
私の場合は、そういうレベルにはまだまだ遠く及ばないものの、
バドミントンはすでに、私の人生にとって欠くことのできないたーーいせつなアイテムの一つになっていました。

そんな中であっても、乳がんであると告知されたばかりの時は、「命さえ助かればそれでいいから!」と切に思いましたが、乳がんという病気について少しずつ知るようになり、そう簡単に死に至ったりはしないんだということがわかると、
「乳がんを発症した後も、バドミントンを続けられるのか? 続けたいよーー!!」という点が、当面の、最も気になるテーマとなりました。

私はドクターに質問することがとってもニガテな情けない患者でしたが、その点についてだけは、勇気をふりしぼって何度も質問してみました。でも、当時の主治医(2003年に転院しました)の最終的な答えはいつも同じで、「あなた(うぃんままのこと)の場合は、バドミントンはやめた方がいいと思う。」
とのこと。
私が理解している形でそのドクターの見解をまとめてみると、こういうことです。


基本的には、乳がんになったからといって、スポーツを続けられないというわけではない。
乳がんの手術後の運動機能の変化を左右し、腕や肩にあらわれる後遺症を引き起こす原因となる大部分は、手術の際に胸をどのくらい切除したかということではなく、腋下(わきの下)リンパ節を切除したか否かという点にかかっている。
つまり、術後、スポーツを続けていく上で問題となるのは、手術による腋下リンパ節の切除という点。
(病気が進行していたり、厳しい治療の副作用で体力が衰えている場合をのぞいての話です。)
さらに、リンパ節を切除したのが利き腕側であった場合は、スポーツの種類によって問題は大きくなる。

利き腕側の腋下リンパ節を切除した場合、それがなぜ、ある種のスポーツを続ける上でネックになってしまうかというと・・・

手術の際、腋下(わきの下)リンパ節を切除してしまうと、術側の腕はむくみやすく、抵抗力も弱くなり、発症すると完治することのできない
「リンパ浮腫」という深刻な後遺症が出てしまうことがある。
よって、腋下リンパ節を切除した患者は、
術側の腕にはなるべく疲れをためない。
術側の腕で重いものを長時間持たない。ぶらさげて持つのは特に良くない。
術側の腕は、ケガをしたりしないよう特に気をつける。
などなど、術側の腕をいたわる注意が必要となる。

リンパ浮腫が起こるか否かは非常に推測しにくく、症状の出かたの個人差も大きい。そしてたとえば、”半年バドミントンをやってみても大丈夫だったから、そのあとも大丈夫。3年続けてみても大丈夫だったからその後も大丈夫だろう。”という予測がつかない点が、この病気の怖いところ。
それまでずっとなんともなく過ごしてきても、5年後や10年後のある日突然発症し、箸も持てない程ひどい症状になってしまう人もいる。

リンパ節を切除している腕をハードなスポーツで酷使することは、このリンパ浮腫が起こる確率を増すことになり、あなた(うぃんまま)の場合は、7個だけとはいえ、利き腕側のリンパ節を切除しているので、自分(私の主治医)としてはやはり、ある程度ハードな練習量をこなすスポーツとしてのバドミントンを続けていくことは賛成できない。
スポーツを続けるにしても、この際、バドミントンはあきらめて、術側の腕ばかりを酷使しなくて済む、他のスポーツに切り変えた方が良い。

そして私はそのドクターに、「ハイ、そうします。」と言いました。
・・・・、で、で、でも・・、実は・・・、
私は本当は、バドミントンをあきらめなかったのです。
(先生、こんな患者で・・、ちゃんと相談できなくて、ゴメンナサイ。)

「出るか出ないかわからない後遺症のために、こんなに大好きなスポーツをやめることはできない。リンパ浮腫が出ないうちは、腕をケアしながらバドミントンを続けよう。発症してしまったとしたら、その時は潔くバドミントンをあきらめ、専門医に駆け込んで治療しよう!」
というのが、私の結論だったからです。


★ ここから先のことは、乳がん手術体験者の手記として書かせていただいた下の原稿の中にあります。
  この手記ではテーマを「乳がんとスポーツ」にしぼり、
  バドミントンへの愛をたっぷり込めて♪書いたつもりですので、こちらをご一読いただければ幸いです。
     ↓

 バドバカがん患者のネバーエンディングストーリー

              *『 乳がんです、と言われたら 』ー病気になった時に読む本ー 婦人生活社 の中におさめられています。 

  注!!  

私はここで、自分のあさはか?(笑)な体験談を語らせてはいただきますが、
「リンパ節を郭清しても、術側の腕を酷使するスポーツをやれる。」
などと言うつもりは少しもありませんので、それだけは決して勘違いなさらないでください。
リンパ浮腫をあなどって、
ご自分だけの判断だけで、安易にハードなスポーツに復帰することは危険だと思います。
病気のステージやリンパ郭清のレベル、スポーツの練習量などは、
各人によって千差万別なのですから、
乳がんの手術後もスポーツを続けたいという患者さんは、「ご自分の場合はどうなのか。」
主治医の先生にきちんとご相談なさってください!
(私のように中途半端に終わらせてしまわず・・)

ホンマにしょーもない患者である私は、医師の意見に従わず、
勝手にバドミントンを続けてしまいましたが・・
術側である利き腕には、人一倍色々と気を使って暮らしています。
そして、この先私が何年たっても大丈夫だったから、きっとあなたも大丈夫、
ということは全く言えないのです。
それ以前に、私自身、いつリンパ浮腫が発症しないとも限りません。
発症してしまった場合、それは、バドミントンを続けていたことが原因かもしれません。

リンパ浮腫は、専門家たちの間でも、
まだまだわからないことがとても多いというのが実情のようです。


■□■ リンパ浮腫に関する港の掲示板へのある日のカキコに対し、書かせていただいたレス ■□■

すげー長いレスになっちゃった! 投稿者:うぃんまま - 2002/03/14(Thu) 23:54:39
利き腕側のリンパをとった人のスポーツ復帰について。
これは私にとっては術後最大の課題で、ネット等でもかなり調べまくったんですよーー。
(英語がわかんないので、日本のサイトしか調べられなかったんだけど・・・(^^;))
<★注意★ リンパ浮腫は決してあなどれない疾患です。
 こっから先の私の主観だけをうのみにして、安易にスポーツ復帰するのは危ない、ということだけは忘れないでください。>
HPの中でも書いていますが、私は利き腕側のリンパを7個切除しただけですが、バドミントンはやめた方がいいと言われ、でもどーしてもあきらめきれずに、自分にとって都合のいい情報を探しまくりました。(笑)
そしたら、利き腕側のリンパを廓清しながらもバドを続けているママさんバドミンターがみつかり、その人に電話をかけて話を聞いたところ、
「術後、『これまでどおりバドミントンを続けていいですか?』と主治医に聞いたところ、『前例がありませんし、リンパ浮腫を発症する怖れがあるのでやめた方がいいでしょう。』との返事だったので、『私が前例になります。』と言い返しました。」
って、ことだったんです。
その話を聞いて、なんだかとっても納得&共感しちゃいましたね〜。^^
つまり、リンパ浮腫って疾患自体、今の世の中ではイマイチ広く深く研究されてるとは言えないのが現状って感じですし、ましてや、スポーツとの関係となるとデータはすんごく少ないようです。
今までの風潮として「がんになったら、命が助かっただけで有り難いんだから、以後は大人しく暮らしていく」っていうのが大方の人の感覚だったため、がんを患い利き腕側のリンパを廓清しながらも結構ハードにスポーツを続けてる人の何割くらいがリンパ浮腫を発症したか?なんていうデータは無いと言っていいでしょう。
どのくらいをハードと呼ぶかも人によって違うし、同じだけの運動量だとしても、その人のもともとの筋力等によっても違ってくるし、スポーツによって腕への負担のかかり方も違うし、手術の仕方も人によって様々だし。
で、放射線治療が終わったと同時に少しずつバド復帰しちゃった(最初は、怖いし痛いので上からはラケットをふれなかった。)私の場合は、術後1年くらいは、やはり腕がめちゃめちゃ疲れました。
ラケットが重く感じられて、軽いラケットを探しまくっていたんですが、そのうち腕そのものが重くなってしまい持てあましていました。
バカげた希望なんだけど、その当時は「頭の上にUFOキャッチャーの挟む部分みたいのがあって、常に上から右腕を持っててもらえたら楽なのに〜〜」っていつも思ってたんです。(笑)
でも、むくみは出てなかったので、疲れがたまり過ぎたって思わない時は、我慢できずにバドミントンを続けていました。
そして、腕はいつも必死にケアしましたよ〜。バドできなくなるとイヤだから。
まず、朝起きたら布団から出る前にリンパ誘導マッサージ。(実はこの朝のマッサージは、夫の日課となっていました。感謝しております〜。(^^;)
んで、練習後やお風呂に入った時も必ずセルフマッサージ。
スーパーで買い物して袋が3つになっても、全部左手で持って、右腕にはずぇーーーったい重い物を持たない。(極端にそうしていたので、今では癖がついて、グラス持つのも左手になってます・・笑)
夜寝る時は、右腕を高くして寝る。
バド復帰して1年はこういう生活を続けましたが、最近ではホントに疲れた時しかマッサージしなくて済むようになりました。
ただ、利き腕側では重い物はやっぱり持ちません。というより、持てなくなっちゃいました。(笑)
先日も、子供会でボウリング大会があったんですが、私は棄権しましたし、子供との腕相撲も絶対しません。
とはいえ、私の右腕はバドで鍛えてるので筋肉隆々です♪(笑)
という私の結論としては、
ものすごく気をつけてケアしながら腕を少しずつ鍛えていけば、リンパ浮腫も出ないのではないだろうか・・? と思ってるんです。
我ながら、前足と呼びたいほどたくましくなっている自分の腕を見ていると、私はそう思うのですが、
これは個人差も大きいでしょうし、スポーツ復帰についてはくれぐれもご自分の体とドクターとよーく相談しながら、慎重に判断なさってくださいね。
このレス、前からHPに書こうと思ってた内容だったもので、1ページ分くらいになっちゃったかも!?
Re: はじめまして 投稿者:うぃんまま - 2002/03/15(Fri) 00:02:17
更に付け足しです。(^^;)
マッサージは、夜寝る前に行うのが効果的だそうです。
夜は一日分のむくみがたまっているのため。
Re: はじめまして 投稿者:うぃんまま - 2002/03/15(Fri) 00:33:07
またまた、付け足し・・・(^^;)
ご質問に答え忘れちゃってましたが、患側の右腕や右胸そのものをぶつけたことって過去何度かありましたが、バドミントン以外のことで、でした〜。雑踏の中を走ってて人とぶつかったとか。
痛くてヒヤッとしましたが、その時は大丈夫でした。
あと、傷をつくらないようにってことも気をつけましたよ。^^
ついでに、ご存じかもしれないけど、一応、リンパ浮腫についてのサイトをご紹介しときます。(^_^)/
   ↓
むくみのページ 〜 リンパ浮腫の治療 〜
リンパの会



 
 
 インターネットをフルに活用して、一緒に闘える仲間と出逢おう。


乳がんという病気と闘う上で、私にとって最も頼もしい武器となってくれたもの。
それはなんといっても「インターネット」でした。
パソコンの窓を通して出会えたたくさんの人々。
その人たちとの関わりは乳がんについて情報交換できたということだけに留まらず、
素晴らしい心の支えとなり、今ではその中の何人もが、
命や人生についてまで語り合うことのできるかけがえのない友人となってくれています。

インターネットと病気との関わりについて、雑誌に書かせてもらった原稿をアップしておきますので
こちらをご一読いただければ幸いです。(^_^)/
      ↓
『  ネットでみつけた、もっと明るい闘病法  』

  「がん治療最前線」(八峰出版株式会社)2,001年7月号 P48「わたしが薦めるお気に入りサイト」



 
 
 一緒に闘っていける病院と医師を、最初にしっかり選びたい。
      治療に疑問を感じたら、セカンド・オピニオンを求めたい。


ここで私が言おうとしているのは、腕のいい医師を選ぼうってことじゃなく、言わば相性のいいパートナーを選ぼうってことです。
医師と患者の関係の考え方については、無理やり大まかに分けちゃうと、医師にも患者にも二通りのタイプがあると思います。
まずは、医師なら「黙って俺についてこい!」型(”パターナリズム”って言うそうでんねん。)と、「一緒に考えながら協力して闘っていきましょう!」型。
患者なら、「先生に全部お任せして、黙ってついていきたい。」型と、「自分のことは全部知って、自分で決めたい。」型。
相性がいいのは言うまでもなく、黙って俺についてこい型の医師&黙ってついていきたい型の患者ペアと、協力して闘っていきましょう型の医師&自分のことは自分で決めたい型の患者ペア。
ところが、黙って俺についてこい型の医師と、自分のことは自分で決めたい型の患者が組み合わさっちゃったりすると、気が合わないな〜どころでは済まなくなり、患者さんは闘病期間中、ずっと大変なストレスを抱え込むことになります。

がんという病気にかかった以上、病院とのつきあいはかなり長くなりますし、病状が進行してくると、文字どおり命がけの、体をはった闘いですよね。その苦しい戦場で、最大の味方であるはずの担当医とうまく力を合わせられないほど辛いことはないと思います。ですから、最初にできるだけの情報を集めて、信頼できるパートナーをゲットして欲しい! もし、何度か診察を受けるうちに、この病院の方針とは合わない!と感じたとしたら、他の病院を当たってみる必要もあるかもしれません・・。

ですが! かと言って、ゆっくりじっくり病院選びをできるほど、悠長な時間が無いのも事実なんですよね・・。ここがとっても難しいところだし、自分にあった病院を見極めるなんてホント難しい。色んな病院にかたっぱしからかかるからなんてできませんしね・・。(自分に合った病院を見極めるコツ!とかあるものなら、教えて欲しいなぁ。)でも少なくとも、えらく気が合わないのがすぐにわかったのに、一度かかってしまったからというだけで我慢しちゃったりしない方がいいと思います。
また、病院の治療に疑問を持った時は、セカンドオピニオンを求めるという手もあります。インターネット上でも、セカンドオピニオンとして相談にのってくれる良心的な先生方はたくさんいらっしゃいますので、一人で悩みをかかえこまず、乳がんの患者の会や、メーリングリストなどを活用して、どんどん相談してるみるといいですよ。ちなみに私は、最初にそういう努力を怠ったため、色んな知識の入手も遅れてしまい、いつまでもつまづきまくることになりました。(笑)

”病院と医師をしっかり選ぶ”ということは、病気と闘う上で最大といっていい大きなポイントだと思います。ですが、「乳がんと告げられたあなたへ」は、病院で配ってもらうものと設定していたので、これを載せるのは控えました〜。
それは医療サイドへの配慮というより、自分がかかった病院からいきなり「病院は選ぼう。」とか「治療に疑問を感じたら、セカンド・オピニオンを求めよう。」などと書いた印刷物をもらったら、患者さんは「この病院は、自分たちの技術によっぽど自信が無いのかしら・・・」などと、とっても不安な気持ちになってしまうだろうと思ったからです。
患者さんの中には、「とにかく担当医を信じて、全部お任せして、自分は黙ってついていきたい。」って方も多くおられるので、そういう患者さんや、様々な事情から病院を選びたくとも選べない患者さんを不安にさせるようなことは避けたかったんです。でもホントはあの中でも、見る人を不安にさせずに、このことを表現できればそれが一番いいんですがぁ〜、力不足でしてーー。

結局私は、2003年に病院を変えました。
そしてそこで私を迎えてくれた医療の体勢は、それまでとはまるで違った世界でした。
何でも気がねなく質問できること。検査データ等をしっかり提示し説明してくれること。
そういう事の大切さ・・。ごく普通に、自然にコミュニケーションとれることの大切さをつくづく痛感しながら、現在ではなんの心配もなく病院に通っています。
(*^-^*)




 
 
 「先生へのお礼」、「医師への謝礼」に秘められた毒性について。 

( 2004.2.12 UP )

手術を受ける際、「先生へのお礼」とか、「主治医への謝礼」とか呼ばれているお金をどうするか・・について悩む方は、実は今も結構いらっしゃいますよね?
私の母親が約10年以上前に手術をした病院では、「お礼は一切お断りします。」という貼り紙がしてはありましたが、実際には、母親が包んだ謝礼の袋を、ドクターは”一切お断りせず ”素早く内ポケットに納められたそうです。
(注:”たてまえ”ではなく文字どおり厳禁としている病院も多いです。)
うちとは違い、火の車とは縁もゆかりもなくてうらやましい親戚筋では、これだけ包んだと自慢げに語る人までいました。
約5年前に手術をした私自身の場合はというと、親たちの意見は聞き流し、医療費以外の金品をお礼として渡すことは、術前も術後も全くしませんでしたが
(退院する時にナースステーションにお菓子の詰め合わせのプレゼントだけはしました。)、そのことは親や親戚縁者からウケが良くありませんでしたし、今現在も「医師へのお礼」という行為はうやむやなまま一種の習慣のように残っていることが少なからずあるようです。特に、比較的ご年輩の方達の間で。

何がうやむやにされているかというと、病院の会計で支払う医療費以外に密かに授受されている「先生へのお礼」とか「医師への謝礼金」と呼ばれるお金は、金額に関わらず不正なお金であるし、ぶっちゃけ「賄賂」である という事実です。
手術室は密室。そこに自分の身体を預けざるを得ない患者が、メスを握る医療者に対し術前にお金を包めば、それはいわば、人質を無事に返すことと引き換えの「身代金」にも似ています。
それじゃ「白い巨塔」も通り越して「極道の妻達」の世界やんけっ
!! といったヤバさまで含むこのお金が、あたかも一般的な習慣でもあるかのように水面下で何げにやりとりされている理由の一つとして、「先生へのお礼の気持ちを贈るのは個人の自由だから」という考え方があるようですが、このお礼という言葉の美しさにヤバさが隠蔽されていることが又ヤバイ・・、
と感じた今日この頃だったので、久々にこのページを更新する気になりました。
(笑)
   
私の例えはやや過激であると同時にとっぴかもしれませんが、敢えて恥ずかしげもなく書かかせていただきますと、キノコの種類の中に毒キノコがあるように、「先生への謝礼金」とか「主治医へのお礼」とかいうものの中には、”毒入りのお礼”があると思うのです。
その毒とは、「賄賂性」という毒です。

まずは、毒ナシのお礼の方から語ってみると・・、
心のこもったお礼の言葉とか、感謝の気持ちを綴ったお手紙とか、ふるさとからのお土産とか、夜勤の先生に差し入れた天丼やおにぎり、な〜んて品々のお礼には毒などないから、ドクターにお礼したいと思った人が自由に贈ってノープロブレム。
本来のお礼の意味しかないお礼は、あたたかな善意という心にも身体にもヘルシーな栄養だけが入っているので、個人の自由で心をこめて贈り、パクパク食べてもらって明日への糧としていただけたらウレシイですよネ。
そういうお礼は、感謝の気持ちを抑える必要も隠す必要もなく、患者の手から医療者の手へとオープンに受け渡しできます。
その際の手と手や言葉と言葉は、患者の心と医療者の心が通じあうための、小さいけど素敵な架け橋にもなるでしょう。
(*中には、お菓子等も一切お断りする病院もあるそうなのでご注意下さいネ。(^^;)
             
ところが、公明正大に受け渡しできず袖の下から渡す類いの「先生へのお礼」ってやつは、架け橋どころか、患者達と医療者達との間に暗くて深い濁った溝をつくっています。しかも、多くの人が見て見ぬふりをして口を閉ざし、得体が知れぬだけに厄介。
”毒入りのお礼”は、贈る人自身が意識していないことも多々ある軽い毒から猛毒に至るまで、毒の強さも質も種類は千差万別。一見綺麗な「お礼」という名前で包まれていても、その一つひとつが医療界を金権政治体質へと侵していく毒の一滴となり、社会全体にまで害を及ぼすので、こちらは「贈るも贈らないも個人の自由」とか言ってる場合じゃないと思うのです。

私の手薄な知識の中から推察する、毒入りお礼によって医療現場で実際に起こっている困った症状の具体例を挙げてみると・・・
この毒は、贈り手である患者と受け手である医療者、その双方がいることで効力を発揮。
多くの人たちに蔓延することで、贈る罪悪感、受け取る罪悪感を感じる感覚を麻痺させながら、患者達の間に「お礼をしておいた方が(より良い治療や看護が受けられて)安心」という間違った考え方を伝染病のように広め、個々の心に害を及ぼします。
みんながしてるのに自分だけしないと、私だけ手抜き工事されちゃうんじゃないかしらという不安症状や強迫観念。
自分を特別扱いせよ、というエゴ肥大症状。(誰かが特別扱いされるということは、その分誰かが後回しにされるということであっても。)
逆に、毒入りであることを理解しながらもお礼を渡し、そのことが心の傷となってうずく人もいるでしょうし、ドクター達にすごく感謝してるのにお金を包めなくて申し訳ない・・、という感じる必要などない後ろめたさを感じてしまう幻覚症状に苦しむ人もいるかもしれません。
それ以前に、謝礼の工面や、謝礼について自分はどうしたら良いか悩む人はもっと多いのではないでしょうか。

これらは全て、本来患者が感じなくてよいはずの悩みや苦しみです。
「医師への謝礼」なんて悪習さえ、この世になければ。

また医療者サイドでは、軽い毒入りお礼は毒の量が少ないから、「ブラックジャックによろしく」の中に出てくるような研修医君達に回された場合、そのすきっ腹を埋める等の役に立つこともあるものの、所詮、ほんの一時的なあてにはできない収入でしかない上、毒のまやかし効果がきいちゃうために医局内の労働条件の改善を進める動力の働きを鈍くする、という間接的な害の及ぼし方もしてるかもしれません。
そして一番怖いのは、もともとこういう毒に弱い性質を持つ一部の医療者が、何度も強力な毒をもられ続けちゃうと、ドラマや漫画のキャラのような私腹をこやすことや権力ばかりに執着する人間へと育ってしまい、謝礼のあるナシやその金額によって便宜を図ったり、治療への熱心さに格差がついちゃうことがあるかもっ・・!
と、人を救う為にひたすら努力しておられる多くの医療者の皆様方に対し失礼きわまりない想像をしてしまう私にも、毒はすっかり回っているのでした!
うっ・・!
Σ( ̄□ ̄/)/ / 

ってな具合についオチをつけてしまうのは私のふざけたサガですが、結局は「賄賂」という毒を含む不正なお金のやりとりに、患者と医療者という人と人との間の信頼関係を蝕む効果があるのは確かでしょう。
さらに言えば、実は賄賂という不正なお金である「医師への謝礼金」を贈る行為は、世の中から隔絶されて純粋培養された人間以外の万人になんらかの害を及ぼし、人への感謝の気持ちでもなんでもすぐ金に変えてモノ言わせちゃう、しがない世の中づくりに貢献することになると思うのです。
私達は誰しも、清濁合わせ持つ世の中に生きています。私などは清過ぎる世界では生きられない人間です。でも、もう充分過ぎるくらいに濁っているこの世の中をこれ以上みんなで積極的に濁し続けちゃうと、一生お金持ちになれない自信バリバリの親のもとに生まれてきたうちの息子や、その子供の世代の人達は、空気でさえお金で買い競わなきゃイケナイ世の中に暮らすことになっちゃうかも・・。

ということで、
みんなで無くしちゃいませんか? \(^o^)/
             <医療費以外に謝礼を贈る習慣


どうしても謝礼を贈りたい場合は、医療機関への寄付という形で存分に奮発していただければ、すんごく素晴らしいと思います。
一人ひとりの患者と主治医との間がもっと素敵な信頼関係で結ばれたら、こんな問題はきっと自然消滅するんでしょうが・・。
ちなみに、単純な私は最近「白い巨塔」の江口洋介がやたらカッコ良く見えてしまうのですが(笑)、里見先生のように一人で大きな権力に対峙するのはとてつもなく難しい。謝礼を要求する医師がいたとしたらそれは言語道断ですが、私達の力ですぐに何かを変えることはやはり難しい。
しかし、小さな毒入りお礼を贈るのをやめることだけなら、誰にでもできることですよね。
私達が命を預ける大切な医療の現場。そこに、患者自身が不正なお金を投入し濁してしまうのは悲し過ぎる。
そういう時代はもういい加減、終わりにすべきだと思うのです。

 
 
  
 
☆彡 「医師への謝礼は無くしちゃいまひょ♪」アピール(笑) の マトメ ☆彡 

(2004.2.25 UP)  

上のテキストをアップして色んなご意見をいただき、又考えていてるうちにわかってきたことですが、私が書き表わしたかったのは、いわば結構単純な”謝礼に関する患者の損得 ”の話であって、モラルの話はそれに附随するものでした。
患者の一人として、お礼を包みたくなる人の気持ちがわからない訳じゃないだけに、切羽詰まった想いを抱えて謝礼を渡す人も何もかもひっくるめてモラルに反すると声高に批判したいのではなく・・、患者達が自分で自分の首をしめているみたいな構造が切なくて「この際、謝礼なんて根絶したろやないけー! ヽ(^o^)丿」と一声アピールしたくなったのです。

第一、そういう悪習は送る側と受け取る側の双方がいるから出来てしまったとはいえ、私はやっぱり、受け取る側の方がなおイケナかったからこーなったんじゃん、とか思ってます。(笑)
ドクターはお金持ちそうにみえて実はとてもお金のかかる仕事で、経済的にも大変なんだから医師への謝礼金は必要なんだ、ってな理屈が一部ではまかりとおっていますが、その大変さをどうするかは、医療界側で取り組んで解決していくべき問題!!
そんな理由で謝礼を肯定するドクターには、「ざけんじゃねーですわ♪ 患者はもっともっともーーっと大変なのに、患者に甘ったれてちゃイケマセンわ♪ 考え直してねん♪」と、それこそ声高に申し上げたいです。
 
* 中には、謝礼に対する考え方は (?_?) だけど、通常は非常に患者思いというドクターも おられたので、複雑な気持ちがあって♪マーク付けてます。(^^;

病気になって具合悪くて、治療も検査も痛いこと苦しいことだらけだわ、社会人なら仕事が、学生なら勉強ができないわ、働けなくて収入が減るのに治療代はやけにかかるわ、家族のことも心配だわ、好きなこともできなくなるわ、好きな人にも会えなくなるわ、髪が抜けたり太ったり痩せたり容姿も衰えるわ、病院や主治医、治療法の選択にも悩むわ、先の予定も立てられなくなるわ、病状が重ければ短いかもしれない残された日々の過ごし方について考えなければならないわ、etc,etc,・・・
その上、好きで受けるんじゃない手術を繰り返すたびに主治医へのお礼について迷い悩まされる、なんて、あまりにも理不尽っすからね。
  
* 上にはデメリットばかり列挙しましたが、言うまでもなく、病を得たから得られたモノというのも、人それぞれにあります。^^


なので、愛と願いをこめて、こんな言葉をネット上に飛ばして締めくくりたいと思います。


今、闘病のまっただ中にいらっしゃる皆さんは、
ただでさえ、不安なことやしんどいことが一杯あって大変なのに、
謝礼の心配なんか、しなくていいんですヨ・・。
いや、それはむしろ、”しちゃいけない”くらいのコトなのだから、
患者みんなでやめちゃいましょうネ♪


謝礼の習慣そのものがこの世から消えれば、
色んな大変さをたくさん抱えている患者は、
ほんの一つだけでも、肩の荷をおろすことができるのですから・・。(^^)




「医師への謝礼」に関する幾つかページをご紹介 したつもりでいたけど、、
久しぶりにチェックしたら、ここでリンクをはって紹介していた新聞社等のページは、既に全然関係ない記事ばかりになっちゃってました!(>_<) 誠に申し訳ありません〜!(T_T)
そのかわりに、というほどの事でもありませんが(^^;、ちょっくら書き足しておきたいと思います。

『つけ届け』として医療費以外に医師に謝礼をおくる、という行為は、この世の中でまだ消滅してはいないものの、ひと昔前に比べるとずっと減ったようですし(きちんとしたデータを持っている訳ではないので無責任なことは言えないのですが、私が入っている某MLでこの話題が盛り上がった時は「自分は謝礼はしなかったし、しなくて良いと思う」という患者さんの声の方が明らかに多かったです。)、”たてまえ”ではなく文字どおり厳禁としている病院も多いと思います。
また、たとえ謝礼を受け取っているとしても、それによって(もしくはその金額によって)患者の待遇に差を付ける、な〜んてあこぎな事を今どき実戦しちゃってる病院やドクターなんて、ごく一部なのではないでしょうか?
そんな病院にはかかりたくないし、万が一、自分がかかった病院がそんな所だったとしたらサッサと転院するので、私は今後、自分や家族が手術しなければならない状況に出会ったとしても、つけ届けを渡すかどうかで悩むことは一生ありません。(^^)

2004.12.2