この世界にたった一人しかいない、大切なあなた

そんな みんな に

ガイアシンフォニーを贈りたくて。

  


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「地球交響曲」(ガイアシンフォニー)とは・・、
様々な分野でその道を極め、私たちの今と未来に示唆的なメッセージを投げかけてくれる人々の生き方をつづったオムニバス型式のドキュメンタリー映画。地球という同じ星に生きるすべての命とそのつながりの意味を、素晴らしい映像と音楽により壮大なスケールで写し出すこの映画は、感銘を受けた観客たちの手による自主上映方式で広められてきたのも大きな特徴です。1992年に第一番が制作され2001年までに第四番までの4作品が完成。4シリーズを合わせると延べ170万人を超える観客を動員し、今も各地で活発な自主上映活動が続けられています。



 
 




2002年8月31日(土)
うぃんままを含む5人の仲間「ちょっと集○会(あつまるかい)」は
「地球交響曲・第三番」という映画の自主上映会を開催致しました。
イベント開催なんてズブの素人である私達5人の計画は
当初は無謀ともいえる計画でしたが、
多方面の皆様からのあたたかいご協力のお陰様を持ちまして
750席もの大ホールの前売りチケットは、当日より10日も前に完売。
大盛況のうちに、その幕を閉じることができました。

応援してくださった皆様、当日ご来場いただいたお客様、
手伝ってくれたボランティアスタッフのみんな、
ホントにホントに、有り難うございました!m(__)m

このページはいわば、あのガイア上映会についての
想い出のアルバムです。


上映会告知のために5人でつくったHP



上映会宣伝用・集○会特製チラシ


クリックすると大きいのが見れます










〜 魂を飛ばす旅 〜 

 「地球交響曲」を観る、という一つの体験。 





喜んだり、悲しんだり、怒ったり、傷ついたり、傷つけられたり、
日頃抱えている出来事の一つひとつ。
私たちの人生って、その積み重ねですよね。
人からみればささいなことであっても、
本人にとっては大きなことっていうのも、一杯あります。
そして私たちはたいがいの時間を、自分の行動半径の中で、
自分と、自分にかかわる人や物事を見つめながら生きています。

でも人は時に、はるか遠い国を見つめたり、
見知らぬ世界へと思いを馳せることって
心をもっと自由にしてあげるためにも、大切ですよね。



宇宙に飛んで1日目、
我々は自分の国を探す。

3日目には、自分の大陸を探す。

そして、5日目には、
ただひとつの地球を見るようになる。


これは、「地球交響曲・第一番」の中で引用されている、シャトルに乗ったサウジアラビアの宇宙飛行士サウド王子の言葉。
「地球交響曲」は、まさにこの言葉の中の、5日目の視点で撮られたような映画と言って良いと私は思っています。

「地球交響曲」と書いてガイアシンフォニーと読むこのドキュメンタリー映画に、私が初めて出逢ったのはおととしのこと。
名前だけは以前から聞いたことがあったのですが、政治・宗教などの、何がしかの団体組織によるプロパガンダ映画なのかと早とちりして、興味を持てないまま通り過ぎてしまっていました。

しかし、「ちょっと集○会」の仲間であるHANAさんから勧められてその気になって観たガイアが映し出していたのは、政治思想や宗派の枠どころか、人間と動物、植物の違いさえも飛び越えて、まるごとの地球の鼓動まで感じさせてくれる世界。
究極のボーダーレスとでも言いたいスケールと懐の深さでありながら、ちっぽけな私一人の命も大切に愛おしんで包みこんでくれるような・・、とてもとても素敵な映画だったのです。

その時に、うぃんままのアジールのフリー掲示板に書いたカキコが
こちら です。


魂が大らかな旅をしているかのような解放感。
人や動植物の心の持つ不思議と可能性。
生だけではなく、死というものだけがもつ尊い意味。

こんな映画を世界中の人が観たら、
世の中変わるかもしれないなぁ。
自分の事も他人の事も、みんなが命の全てを
もっと愛せるようになるかもしれないなぁ・・。

映画を観終わったとたん、私はしみじみ、そんなことを考えていました。

国の違い、人種の違い、文化や宗教の違い、立場の違い、
価値観の違い、趣味嗜好の違い、
別々の所で生まれ、別々に生きてきた
あなた と わたし のあらゆる違い。
人間は、本当に色んなもので誰かと自分の間に悲しい境界線を勝手に引いて、狭い世界の中に自分を閉じ込め、その中で突き当たる物事で知らず知らずのうちに心を縛って、窮屈に生きてしまっているのかもしれない。

でも、
この映画と出会えて、私は、魂が住む世界が少し広くなって、
少し自由に、遠くまで飛べるようになった気がしたのです。




話があと先になってしまった感なきにしもあらずですし、「ちょっと集○会」の「地球交響曲・第三番」自主上映会のHPの方のコピーとだいぶかぶっちゃいますが(笑)、ここでもちょっくら「地球交響曲」という映画についてと、当自主上映会について、かいつまんでご紹介させていただきますと・・

「地球交響曲」とは、こう書いて「ガイアシンフォニー」と読むドキュメンタリー映画です。
( 交響曲と書いてもコンサートではないし、漢字で見ると固そうだけど、決して小難しい映画じゃないんですヨ。^^)

1992年に1本目の作品である「地球交響曲・第一番」が制作され、2001年までに第四番までの4作品が完成。どの映画も、命とそのつながりの不思議さや尊さ、心の可能性を、示唆の深い言葉で語ってくれるとても素敵な人たち(一番には素敵な象もいる♪)と、地球の自然の美しさやその営みの見事さを、素晴らしい映像と心地良い音楽で紹介しています。

第一番から第四番にはひとつながりのストーリーがあるわけではないので、第一番から順序立てて観る必要はなく、全作品観ないと意味がわからない、などということも全くありません。(初めて観る「地球交響曲」が第三番でも、ノープロブレム!ってことです。)

そして、この4シリーズの映画は、その深いメッセージに感動&共感した様々な人々の手によって、ある時は街の公民館や体育館で、ある時は立派な大ホールで、”自主上映”という形で日本全国に広められてきました。
つまり「地球交響曲」という映画は、興業収入によって利益を得るために上映されてきたのではなく、”この映画を観て味わった心の癒しや感動や発見を、自分も誰かに伝えたい”と願った人から人へと引き継がれ、今も上映され続けている作品なのです。

”この映画を観て味わった心の癒しや感動や発見を、自分も誰かに伝えたい”、私たち「ちょっと集○会」がこの映画を上映する目的も、一言でいえばそこにあります。

ここで「ちょっと集○会」とはどんな会かと申しますと、何らかの目的や大きな野望を秘めた人間の団体でもなんでもありませんで(笑)、ネットを通して偶然知り合った5人からなる、単純に仲の良い女友達の集まりです。

私たち5人は5人とも、乳がんという病気を体験しております。
私が、この病を得て一番みつめたものは「命」。見つけたものは「人と人、命と命の”つながり”の素晴らしさ」でした。

そんな私たち5人の心を、深い感動でより一層強くつないでくれた「地球交響曲」という映画を、一人でも多くの方に観ていただきたい。
さらには「地球交響曲」の4作品の中でも、生だけではなく、”生と死”という命のサイクルの意味を見つめながら、心にしみいるメッセージと希望をくれた第三番を、多くの仲間に贈りたい。わかちあいたい。

私たちはそう願い、な〜んのバックもなければ、権力も財力もなんにもない素人5人組だけで、無謀とも言える自主上映会開催への道をつっ走り出したのです。




今、これを書いているのは、2002年8月7日。
あと2時間後には夕飯を支給しないと、我が家の人、犬、猫などの生き物が暴挙に走り出す時間帯です。

ここまで書いてきて、今、改めて思うのは、まるでどっかの中学校の校長先生が入学式で言うみたいなー、うぃんままには全く似合わない殊勝なセリフなんですが、「初心、忘るべからず」ということだったりします。

私がなぜ、自主上映会をやりたくなったかというと、ガイアのメッセージに胸を打たれたから、それを人に伝えたくなったわけで、それなのに、ガイアが教えてくれたことを忘れて、ただ上映会を開催するだけ開催しても、それでは自分にとって意味がなくなる・・。

この映画が人から人へと受け継がれていくことはとても素敵なことだけど、器だけが引き継がれるのでは意味がない。
その中に込められた意味を、それぞれがそれなりに自分の心の血として肉として、それぞれの暮らしの中、生き方の中、人と人とのつながりの中で生かしていき、つなげていくことが、何よりも大切なんですよね。
「ガイアが感じさせてくれたことを忘れないで写したい。」
そう思います。

ついでに、一つ心配になってきちゃったことも書いておきますが・・・
映画を観るときって、余りに良いぞ!良いぞ!って情報をインプットされ過ぎちゃうと、それによって出来上がっちゃった自分なりの壮大なビジョンと実際に観た映画の違いの方にばかり意識がいっちゃって、つまりは・・、期待はずれになっちゃうことってありますよね・・。
きゃーーー!!
そんなことが起きちゃったら、どーしよ〜〜。
それが全部、うぃんままのせいだったら、どーしよぉ〜〜〜。

えーーーーと・・・・、ここまで読んでくださった皆様、
当日は、上で読んだことはすっかりお忘れになってご覧くださいね!(^o^)/

とか言ったら、ぶっとばされますね、やっぱし・・(T_T)
でも、好きなことについてはいくらでも語りたくなるこの気持ち、どーかご理解の上、なにとぞご容赦くださいませ。m(__)m

「わかった」とか「わからなかった」とかじゃなく、ガイアを観て、何か気づかされる言葉と出会えたり、心地よく豊かな気持ちになれたり、希望のようなものを感じてもらえたとしたら、それだけでじゅうぶん素敵だと思うんです。

あなたが、何を感じるか。
響くものがあるか、否か。
それは、あなたの心だけのもの。^^


   


上映会から20日近く過ぎから、集○会のHPに書いた日記。

あの夏は過ぎても

◇◆◇◆◇◆ うぃんまま 記 ◇◆◇◆◇◆

集○会の5人の中で、何をやらせてもσ(^-^;)が一番遅いのは今に限ったことじゃありませんが、上映会の感想を書くのが、まさかここまで遅くなるとは・・・。
遅過ぎて誰も読んでくれんっちゅ〜ねん!(笑)

いや〜、正直言って仕事がたまっちゃって手も足も出なかったんですが、それだけじゃなく、いわゆる抜け殻状態に思いっきりハマっちゃったんですよねー。
漫画みたいに力抜けちゃったんです、上映会終わった途端に、プシュ〜〜って。(笑)

でもそれくらい、ガイアは私にとって素晴らしく大きな体験でした。
「素晴らしい」っていうのは、ただ楽しかっただけじゃなく、精神的にも肉体的にも色んな苦労やプレッシャーがあったからこそ、実になったことや、その苦労を乗り越える一つひとつの喜びを深く有り難く実感できたってことなんです。

多くの方々が「当日は行けないし何もできないけど、応援してるからね。」とか「リンク張るくらいのことしかできないけど」などと、よく言ってくださいましたが、私達は、その言葉かけの一つひとつだって、しみじみと心からうれしかった・・。
「たった1枚しか買えないけど」と言ってくださるそのたった1枚のチケットを買っていただけることが、その都度、新鮮な喜びでした。
その全てが、ガンバルための原動力となってくれくれました。
また、支援してくださる人がふえるたびに、そこに不思議なつながりが次々と見つかったり、新しいネットワークが生まれていくこともとっても素敵な体験でした。

そして、大盛況だった上映会当日。
映画の上映が終わったあと、客席から自然と沸き上がったあの大きな拍手。
アナウンスのために舞台の袖にいた私は、想像もしていなかったあの世にも素晴らしい音に包まれて、涙が出そうになっていました。
そしてその場ですぐに、影アナの原稿に
「私達・ちょっと集○会の5人は、この上映会の一日を、一生忘れないでしょう。」
という一文を付け足し、最後のアナウンスをこう語って終えました。
「ガイア上映会を通して、ふれあい、つながることのできた
 全ての皆様に、心より、お礼 申し上げます。
 本日は、誠に有難うございました。」
するとその時、会場からもう一度、大きな拍手が起こりました。
私はもう感無量で、思わず声に出して「夢が叶った・・」とつぶやいていました。

あの2回の拍手は、まるでお客様の手から、見えないハートが私達5人に向かって一斉に飛ばされたような、いえ、きっとそのとおりだったのだと思います。
観客席の皆様が私達にくださった、最高のプレゼントでした!!
本当に、本当にありがとうございます!!

私達は、自分達が感動し勇気づけられたガイアを、また他の人の心にも写したかった。
「写す」は「移す」であったかもしれず、ガイアを自主上映するということは、単に一つの映画を写すということではなく、誰かが自主上映することで自分の心に移ったガイアのメッセージを、また他の人に伝え、つながっていくことでした。

上映会終了後も、たくさんの方々が感想をお寄せくださって、その中には、「自分もいつか上映会をしてみたい!」という言葉が幾つかありました。
もしかしたら、それを実行に移し、1年後、2年後には実現する方がいらっしゃるかもしれません。
きっと、いらっしゃる!と、私は思います。

この上映会をつくってきた日々の中で、有形無形のたくさんの大切なことを得てきましたが、私にとっては二つ、とっても大きなことがあり、一つは「人との出会いとそのつながりの大切さ」を深くしみじみと心に刻めたことです。

「人生はからくりに満ちている。
 日々の暮らしの中で無数の人と すれ違いながら、
 私たちは出会うことがない。
 その根源的な悲しみは、 言いかえれば、人と人が出会う
 限りない不思議さ、すばらしさに 通ずるのだ」

この星野道夫さんの言葉を、一生大事にしていきたいです。

そしてもう一つは、
「 夢は叶えればホンマに叶うんだ・・」
と実感できたこと。
特別に熱かった今年の夏がどんなに遠くなっても、この実感は私の肌身から離れることはないでしょう。

これほど欠けがえのないとびきり素敵な宝物を与えてくれた、ガイア上映会にかかわってくださった全ての皆様と、一緒に泣き笑いして苦労かけまくりだったHANAさん、まゆりん、RATSさん、そのちんに、今頃だけど改めても一度・・(^_^;、心からの愛と感謝を込めて、ありがとう。。(T_T)
梅干しばーちゃんになるまでずーーーーーっと、
素敵なみんなでいてください。
これからも、ガイアの教えてくれたことを忘れずに、
素敵なこと一杯見つけながら生きていきましょうね!!




 

 




ミチオはどれほど深く友を愛せるかを教えて
くれました。
悲しいときに悲しみを分かち合い、
うれしいときに喜びを分かち合う。
それ以外、
人生に何が必要なのでしょう。

悲しみと喜びはいつも共にあります。
例えば、子どもに愛を注ぐことは至福の喜びですが、そこには深い悲しみが織りなされているのです。
幸せはその中に悲しみを内包しています。
だからこの深い悲しみを知ることなしに、
至福の喜びを知ることはできないのです。

ビル・フラー(道夫の友人)の言葉


上映会を開催した約半年後の2003年1月28日午前9時45分、
「ちょっと集○会のメンバー」そのえ、こと
そのちんが、この生の世から旅立っていきました。

上のビル・フラーの言葉、
そのまま、大好きなそのちんに捧げたいです。

そのちんの生も死も、これからずっと大切に想っていくからネ。
明るさも優しさも、喜びも悲しみも、本当に一杯ありがとう。


この世界にたった一人しかいない、大切なそのちんへ